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意外に情熱的で慈悲深い宣言

慢性的に鬱々としているのはもう本当に幼い頃からのことで、
それはアイデンティティのようなものになっている。残念なことではあるがそれが日常だ。
心も体も老化してきた。この頃はひとつの感情に縛られている時間が短くなってきたように思う。
と言っても毎分毎秒、寂しくて空しいのがベースになっている。
悲しい!とか悔しい!とかそういう強い感情に支配されている時間が前より短い。
おいおい泣くことも無くなった。一瞬、長くても5分、派手に嗚咽するぐらいであとは静かなものだ。
昔のようにさめざめといつまでも涙を流すことはなくなった。
それは良いことではなくて、非常にフラストレーションがたまることだと思う。
でも、縛られている時間が短いのは良いことだと思う。
その分、「普通」に生きることができて、周りに合わせることができるから。
悲しかったり何か食べたいと思っていたり寂しかったりあれを買いたいと思っていたり
本当にマイナスとフラットが交互に表れる。(プラスがないのが私らしい。)
疲れるが、昔よりはバランスが取れているのかもしれない。
ただ、マイナスの感情の質が深く強く深刻になっている気もしないでもない。

私は悲しかったり寂しい思いをしている人に優しいと自分でも思う。
それをまっすぐに伝えてくる人には全身全霊で優しく接する。
まっすぐに伝えてこない人には少し冷たい。面倒だから。
ちなみに私はまっすぐに伝えられないタイプである。
だから優しくしてもらえないのだろうか。
自分に自分を学ぶ。
まあとにかく、自分でもこんなに優しかったのかと思うほどだ。
でもそれは、私がその人の悲しみに共鳴しているということと、
自分が必要とされているような気持ちになれるからなのかもしれない。
だとしたらそれは、良いことだと認めていいのか疑問なところだ。

寂しそうな人は抱きしめてあげたい。
ありったけの言葉をあげたい。
頭をなでてあげたい。
大丈夫だよと言ってあげたい。
私は本当は愛情深く情熱的な人間なのだと思う。
そういうふうに生きたかったんだと思う。
そしてすべてそれは私がしてほしいことなんだと思う。
ぎゅっと頭から肩にかけて大きい腕で抱きしめられたい。
頭をなでて、大丈夫と言ってほしい。
それは男から愛されたいとかいうスイーツなおめでたい願望ではない。
そこまで到達できる自我がない。
ただこの世にいる生き物として誰かに歓迎されたい。
安心したい。自分はここにいていいと思いたい。

子供の頃から寂しい思いをしていたということをしみじみ実感することが多い。
そんなエピソードがたくさんあった。
たとえばうちは犬を飼っていた。犬は私のはけ口になっていた。
負の連鎖は犬にまで向かった。かわいそうなあのコ。
意味もないのにぶったりしたし、散歩に行って木にくくりつけて
目の前からいなくなろうとすることをよくやっていた。
そうするとあのコは置いて行かないでと鳴く。
それが心地よかった。「あなたがいないとやだ」と
必要とされている気になれるのがうれしかった。
庭に行くと尻尾を振って抱きついてくるのがうれしかった。
でも、服が汚れるからと逃げ回ったりもよくした。
本当に自分のことしか考えていないひどい人間。

私はたぶん求めすぎている。
そんな自分を責めたりはしない。だって仕方がなかった。
でも、求めすぎることは辛いことだから、もうやめなさいと思う。
何かを求めることは苦しいことでしかない。
振り向いて 大事にして 傷つけないで 抱きしめて 愛して
という気持ちでいた時に幸せだったことはない気がする。
まずそれは究極な自分本位だし、底が見えないものだ。
相手も私が自分のことしか考えていないということに気づくから去っていくのだと思う。
自分が相手に何かをすることは、搾取されること、利用されることだという
被害妄想が邪魔をする。なんとかそれをなくしたい・・・。
難しい。でもそうしないと自分が苦しいだけなのだ。

もっとビクビクしないでハツラツと生きたい。

私はわりと頑張っていると自分でも評価している。
誰も褒めてくれないけどそう思っている。
いつか、穏やかな日々がきてくれると信じたい。
それはただの逃げや打算の上になりたつ束の間の嘘ではない。
苦しんで七転八倒した末につかんだ真実だ。
若くないとだめ。仕事ができないとだめ。お金がないとだめ。
愛してもらえない。大事に扱われない。
それが全部なくなってしまったら
どうしようっていつも焦燥感にかられている。
大事にされるのは女だからで自分だからではない。
でもいつかそれが全部裏返って
若くなくても女でなくても仕事ができなくてもお金がなくても
私は人に愛されていると思える日がくる。


  1. 2008-07-15(Tue) 14:54:31|
  2. にっき|
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